それで。
結局何を求められているんだい?
LostWord&LastSong-part9
擬似並行世界(-1)
「はぁ、はぁ、はぁ」
走る、走る、走る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」
走る、走る、走る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――ッ!!」
走る、走る、走る。走る走る!!
どこまで走ったのだろう。
何かから逃げるように僕の制止も無視して、白衣緋色袴の彼女は闇夜の支倉町を疾走し続ける。
どこまで走るのだろう。
もう一人の自分を認めれないが故の逃走。現実からの逃避、自己を守れる唯一の世界への埋没。直視する事の出来ない”もうひとりの自分”。
でも何故に逃げる?
――その事実が間違っているということに何故気づかない?
◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁはぁ……はぁ」
どのぐらい走り続けたのだろう。自分でも分からない。
こんなにパニックに陥ったのはあの日以来だろうか。
後ろからの制止なんて耳に入らない。
逃げろ逃げろ逃げろ。
私の脳髄を駆け巡る一つの悪寒。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…っ!!」
その悪寒が現実の物になる。そう私は直感している。
そうだ、私はなんて事を失念していたんだ。
過去に戻れば、かつての私が――今の私とは違う私がいるってことにどうして気づかなかったんだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ……」
流石に走るのが辛くなってきたのだろう、私の足は自然と止まり、近くの樹にもたれ掛かるように座りこんだ。
この時間にいるのは拙い。今度会えば、間違いなく私たちは殺しあう――いや、私は殺される。あの殺意に間違いはない。あれは私の中でも最上級のモノ。そして今の私にそれがあるか?いや、否だ。
だって過去の私を殺せば、間違いなく今の私も消滅する。だから私はあの私を殺せない。でも逆は可能だ。彼女は私の存在を知らない。だから私を純粋に”自分の贋モノ”と決めつけ躊躇することなく私を殺すだろう。
たとえそうでなくても、今の私には、あの私に勝るものがなに一つない。
そう、あの頃の私は恐れも知らない純粋な――
「しっかりしろ、一体どうしたっていうんだ?」
男の声で、ふと現実に引き戻される。
走ってきたせいか、暴走した思考回路のせいか。白衣は汗を含み、ずしりと重たくなっていた。そうなるまで気づかなかったとは、やっぱり相当混乱していたのだろうか。
「ありがとう……」
コイツに礼を言うのも癪なので、聞えないようにぼそりと言う。そのままよいしょ、とらしくもない事を言いながら立ち上がる。……少しは落ち着いたみたいだ。
「で。ここって結城高校の敷地なんだけど。何かここに用でもあったの?」
「えっ?」
彼の一声で、ここが意外な場所だと始めて分かった。あぁそっか。コイツはここのOBだったんだ。あまりにもパニックになっていたせいか、あまり来たくない場所に自然と来てしまったらしい。そっか、ここが結城高校なんだ。
結城高校。進学校として割りと県内では有名な、でもどこにでもあるごく普通の公立高校。創立して30年前後と大した歴史もなく、同じ市内にある聖流女学院と比べるまでもない、平々凡々な学校。対する聖流女学院は、いわゆる”お嬢様学校”という立ち居で、歴史も古く、また多くの名声を欲しいままにしてきた名門校。時代に流される事のない(ある意味、時代から取り残された)クラシック様式な学び舎は、いかにも歴史を重んじる重みのある風貌。家柄よりもその人柄を尊重するスタイルは結果、多くの著名人を輩出し、財界政界、その他多種多様な業界でも”聖流女学院”の名を耳にすることは多い。
何も関係なさそうな二つの学び舎。どう転んでも”同じ市内にある他校”としか思えない、結城と聖流に属する多くの生徒が認識している事実。
――しかしそれが上っ面、的確に言えば部外者を蚊帳の外に置いておく為の薄っぺらい平和という幻想でしかない。
この二つの学び舎が”無関係”だなんて、笑止千万。私から言わせてみれば、冗談じゃないと思う。平和ボケした彼らは何も理解していなかった。そう。でもそれで良かったと思う。井戸の蛙は外の世界を知らなかったのだから。
……この男は、この事実を知っているのだろうか?
「そういえば貴方はアレに参加した事はあったの?」
「なにそれ」
あまり露骨に言うのもどうかと思うので、少しボカして訊いたのが間違いだったか、それよりもアクセント抜きのフラットな言い方は止めて貰いたい、というかこの分じゃ無関係だった大多数なのかもしれない。
「ごめんなさい。余計な詮索だったわ……」
残念、というよりも安堵感が勝ったとでも言うのだろうか。心のどこかで安心している私がいる。そんな些細なことでさえ割と懐かしい感じがして思わず苦笑いをしてしまう。あぁそうか、私はまだ――
「そぉんなところでぼぉっとしてると、神様に怒られちゃうんじゃない?ニンギョウさん」
嫌な声が、頭に反芻した。
ざっと立ち上がり辺りを見渡す。彼も同じように立ち上がり周りを見渡す。
「……いない」
「黙って!目を閉じて、声のするほうに集中して!!」
ギュッと目を瞑り意識を集中させる。熱気が身体を吹き抜け、体温がぐんぐん上昇していく。
――どこに、いる
見えないよ――
声が、聞える。おそらくアイツはここにいない。でも私の瞳は見えない筈の敵を捕らえている。ザーザーとノイズが混じったような視野に、確かに捕らえている。
正解。ここにはいないよ――
――何のために私たちを飛ばした?
そんなこと、今訊く事かな?――
余裕ぶった態度が気に喰わない。この手が届くなら、直ぐにでも潰したい。でもそんなことが無意味だ。相手はここにいない。
――答えろ。目的は何だ?
簡単だよ、チャンスを与えたの――
――何の?誰へのものだ?
そんな事、貴方が一番知っていることなのに――
冷静になれ。爆発するな……まだ、まだだ。
そうね。冷静になることが一番大事。貴方、少しは成長した?――
貴様は何だ。私に何の用がある?――
『貴方たち』ね。言ったでしょう?チャンスをあげるって――
貴様は誰だ。貴様の目的は何なんだ?――
何もないわ。ただ、願いを叶えてあげただけ――
急激に周りが霞む。たたらを踏むも、その場に踏みとどまる。
じゃ、最初のヒント。水無月の大祓い、始まるよ――
歪んでいく世界。途絶える会話。崩落する灰色の風景。そんな中で一つだけ最初の道しるべを得た。
水無月の大祓い――あぁ、なら今はちょうど8ヶ月前なんだ。
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